研究の概要 その2
【アルツハイマー病の発症メカニズムと治療薬の探索】
認知症という病気を知っていますか?脳の障害によって記憶や認知の持続的な低下がおこり、正常な社会経済的活動が妨げられる状態を 「認知症」いいます。アルツハイマー病は、脳の中の記憶・学習に深く関与する海馬や大脳皮質の神経細胞が年月をかけて変性・脱落してゆく病気です。 この病気はちょっとした「忘れっぽさ」から始まります。鍵をどこかに置き忘れた・・・今日朝食をべたかどうか思い出せない・・・ いつも挨拶を交わしていた隣人が誰なのか思い出せない・・・などです。このような認知症の症状は時間とともに悪化し、だんだんと、自分がおかれている 外界は全くなじみのないものになり、自分自身は外界に反応することが出来なくなってしまうのです。 アルツハイマー病は20年以上もかかって病状が進行してゆきますが、脳の中ではいったいどんなことが起こっていくのでしょうか? この病気にかかると、脳は萎縮して小さくなり、脳溝(脳みその溝)や脳室は拡大します。大脳皮質や海馬などの脳野の神経細胞が脱落し 、これが記憶・学習障害の原因となっていると考えられます。初期にはアセチルコリン作動性ニューロンとその標的神経細胞がおかされやすい ことが知られています。 アルツハイマー病にかかって亡くなった患者の大脳皮質から切片を切り出して顕微鏡でのぞくと細胞外に米粒大の顆粒状の 老人斑が多く認められ、それとともにと太い神経線維がかたまって(線維束) できた神経原線維変化が多く認められます。 老人斑は、中心にアミロイドβタンパク質といって40個または42個のアミノ酸がつながったものが凝集して沈着したものです。 このアミロイドβタンパク質を、培養した海馬や大脳皮質の神経細胞に作用させると、神経細胞は死に至るのでこのアミロイドβタンパク質が 実際にアルツハイマー病における神経細胞死に深く関わっているものと考えられます。アルツハイマー病の治療薬として認可されている薬は、 日本では現在のところ塩酸ドネペジル(アリセプト)だけで、この塩酸ドネペジルは、脳に入ってアセチルコリンを分解するコリンエステラーゼ (AChE)という酵素の働きをを可逆的に阻害することにより脳内のACh量を増加させ、脳内アセチルコリン作動性神経系を賦活する作用を持っています。 軽度〜中等度アルツハイマー病に適用され、病気の進行はある程度抑制することはできますが、重度の場合には有効性は認められません。 また、進行を遅らせるのが主体でアルツハイマー病自体が治るわけではありません。
培養した海馬神経細胞(写真上段左)にアミロイドβタンパクを
作用させるとアポトーシスという現象を引き起こし細胞は死んでしまいます。(写真上段右)
【ニンニク関連物質の作用】
アルツハイマー病は、上記のように 脳内の神経細胞の死によって引き起こされる病気です。我々の研究室では、ニンニクから水とエタノールで長時間にわたり抽出したエキスである 成熟ニンニクエキス中の1成分S-アリルーL−システインが、培養した海馬神経細胞においてアミロイドβタンパク質によって引き起こされる 神経細胞死をかなり低濃度において抑制することを発見し報告しました(写真下段右:上段右と比べてみてください。)(Neuroscience, 2003)。 また、最近の研究から、この物質はアミロイドβタンパク質が神経細胞に小胞体ストレスという細胞内ストレスをかけて細胞死を誘導する過程 を抑制することを突き止めました。 現在S-アリルーL−システインのような物質が、脳保護薬となるかどうかについて詳しい研究を行っています。