研究の概要 その3

【筋萎縮性側索硬化症】 (Amyotrophic lateral sclerosis:ALS) の薬物治療に向かって】

Amyotrophy(筋萎縮)という言葉は、骨格筋を支配している脊髄前角細胞(下位運動ニューロン)に原因があって筋肉が萎縮 してくるもの(神経原性筋萎縮)を言い、骨格筋自体の病気で筋肉が萎縮するもの(筋原性筋萎縮)とは異なります。また、 lateral sclerosis(側索硬化症)とは、脊髄の側索(錐体路=上位運動ニューロンの神経線維)が変性し、グリア細胞の増殖 のため硬化していることを示します。このように、筋萎縮性側索硬化症は下位運動ニューロンと上位運動ニューロンの両方を侵し、結果として筋肉の動きを低下させてくるものなのです。俗にALS(エ−エルエス)と略称で呼ばれ、宇宙物理学者のホーキング博士が羅患していることで知られています。アメリカでは大リーガーのルー・ゲーリック氏が羅患したことから、ルー・ゲーリック病と呼ばれています。この病気の特徴は、運動神経だけが次第に破壊され、数ヵ月から数年の間に次第に全身の骨格筋の麻痺がおこり、最後には食事や話すこともできなくなり、呼吸筋まで麻痺し、自力呼吸も不可能になることも少なくありません。また、現在の医学を持ってしても原因不明で、有効な治療方法が現在のところあまりありません。 ALSの原因として以下のことが考えられています。
1.グルタミン酸説
シナプス間隙に放出されたグルタミン酸(Glu)は、シナプス伝達を終えるとシナプス前膜・後膜・アストログリアの膜に存在するGluトランスポーターで除去される。ALSではアストログリアに特異的なGluトランスポーターであるEAAT2の産生が低下しているため、Glu再取り込みの障害が起きて、シナプス間隙にGluが蓄積して運動ニューロンが死に至るとする説。
(図をクリックすると拡大できます)
 







2.酸化的ストレス説
Superoxide dismutase (SOD-1)の点変異が家族性ALSの一部で見いだされた。 ALSの運動皮質ではGlutathione peroxidase 活性が有意に低下している。 ALSの脳脊髄液では、膜脂質過酸化の代謝産物である4-hydroxynonenalが増加している
 







3.スーパーオキサイドディスムターゼ遺伝子異常説
遺伝性ALSの一部では、スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD1)という酵素の遺伝子の異常が見つかり。マウスにこの異常遺伝子を発現させるとALSが発症する。このことから、家族税ALSの少なくとも一部は、このSDS1の異常に帰因することが証明されました。<


 







4.抗Caイオンチャネル抗体説
ALS患者の血清中には電位依存性L型Ca2+チャネルに対する抗体が高頻度に存在している。この抗体によりL型Ca2+チャネルが長時間開口し神経細胞死を引き起こすという仮説。


5.ニューロフィラメント蓄積説
ニューロフィラメント遺伝子(NF-LあるいはNF-H)を過剰発現させると運動ニューロン障害が発現する。 弧発性のALSの1%強ではNF-Hの遺伝子異常が発見されている。これを原因とする説。


5.神経栄養因子欠乏説
運動ニューロンに必須な神経栄養因子が欠乏し、その結果神経細胞死が引き起こされるとする説。


いずれの説でも神経細胞が死に至ることは説明できても、運動ニューロンだけが選択的に抑制されることは説明がつきません。 私たちの研究室では、このALSの病態を明らかにし、新しい治療薬の開発を目的として、培養脊髄切片やヒトと同じ病態をもったALS病態モデルマウスを用いた系で研究を行っています。


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